諸葛亮孔明の痛恨のミス:相手が納得するように指示する事が大事

「泣いて馬謖を切る」は孔明のマネジメントミス!?

2013年11月19日

天才が陥りやすいミス、現代のマネジメントでも同じです。貴方の会社は大丈夫?

005805_R.jpg三国志は、現代のビジネスマンにも大変長く人気が続き、経営者だけでなく多くの人に愛読されています。
企業戦略や、マネジメント戦略、モラル等現代の企業に置き換えて考えることのできる題材だから人気があるし、戦乱の世を「大義」を掲げて、突き進む姿に憧れを抱くストーリーに共感を得る所が多い。
三国志は「魏」「呉」「蜀」の三国がメインで争った群雄割拠の時代の史書で、中国では昔から人気があり、後の明の時代に、三国志を基に、言伝えなどから、作者が少し手を加えた「三国志演義」が生まれました。それぐらい、古くから戦略を考える上での重要参考文献としてビジネス社会での果たす役割が大きかったと思います。また、戒め等を教えるために、多くの「諺(ことわざ)」が、今でもよく使われていることも 三国志が長く続く人気の原因の一つではないでしょうか。

「泣いて馬謖を斬る」 

syokatsuryou_koumei (1)_R.pngこの諺は、今では「規律を守ることが、一番大切なこと、私情に惑わされてはいけない」という風に使われています。三国志で主役の軍師「諸葛亮孔明」が、自分の可愛がっていた部下の「馬謖(ばしょく)」が指示に従わなかったことで、戦いに敗れてしまい その責任を明確化することで「軍律の大切さ」を全員に知らしめる必要があり、やむなく可愛がっていた馬謖を処刑する事になる。その時に、孔明が泣きながら処刑したという事で「泣いて馬謖を切る」という諺が生まれました。*別の説では、孔明が軍師として仕えた「劉備玄徳」が亡くなる前に、「馬謖はあまり有能でないので、大きな仕事にはつけないように」と孔明に託していたことを思いだし、孔明が反省の涙をしたという説もありますが、諺は前者の方をベースに作られているように思います。

なぜ、この事件が起こったか!

三国志は、戦乱の時代「魏」「呉」「蜀」がそれぞれ覇権を争い、それぞれの国が有能なトップと軍師がタッグを組み、知略で戦うが、その中にもお互いの力や徳を認め合うようなストーリーになっています。三顧の礼で迎え入れられた諸葛亮孔明が、蜀の劉備玄徳の軍師、今の企業で考えるとバリバリのエリート戦略担当部長のような位置づけ、一方劉備玄徳は、人柄も良く「徳」で人民の気持ちを掴んでゆく社長のような存在でした。
三国志も終盤にかかり、劉備玄徳も亡くなり、いよいよ諸葛亮孔明が劉備玄徳の悲願であった中国統一に向けて、魏の国との大きな戦いをすることになる。(北伐)
この大きな戦いに、孔明は守りの要になる「街亭」の陣営のトップに 可愛がっていた「馬謖」を抜擢起用した。
この時の、孔明の指示が「街亭の要所」を守れ、山上側についてはいけない」という事だったのだが、実際に「馬謖」が行動したのは、山上に布陣を取って守ってしまった。相手群の「魏」は、水路を抑え、天候が変わりやすかった当時の風をを利用して、火責めなどで一気に山上に陣取っていた「馬謖」の軍を絶滅させた。 「馬謖」は、辛うじて逃げることができ、孔明に謝罪したが、軍師としての孔明はそれを許すわけにはいかない。結果として、指示を聞かず山上に陣を敷き、大敗を招いた責任を取る形で、馬謖は処刑され、孔明も涙したという話です。 
指示は軍律であり、規律であり、それを破ったものが、責任を取るのは当たり前で、規律を守らせる意味で必要な処刑だったのです。
この「街亭の戦い」で敗れることで、魏の北伐は失敗し、追いつめていた魏を再度、活気づかせることになり蜀の元気も無くなってゆきました。


諸葛亮孔明のマネジメントミスではないでしょうか?

私は個人的には、この事件は諸葛亮孔明自身のマネジメントミスではないかと思います。孔明自身は、天才軍師として迎え入れられ、多くの戦いを経験し、知略の天才軍師として活躍、同時に当時の戦略家は天文学、地質学、地形学などに造詣も深く、風や雨、台風、竜巻、洪水などの自然現象を巧みに戦略要因の中に組み入れていました。馬謖に「山の上に布陣を釣るな」と指示したのも、季節的な要因で風が起こりやすい地形だったこともあったのでしょう。ところが、馬謖は、相手の動きが分かりやすく、見渡せる山上を選んで布陣を敷いて、おりからの風を敵に利用され、大敗北してしまう。 「山の上に陣を敷いてはいけない」という事では、命令になってしまい、馬謖は理由が分からず、腑に落ちなかったのではないでしょうか?」
孔明に可愛がられて、抜擢された馬謖は、有能であったと思います。しかし、孔明の指示は受けても、指示の背景にある「理由」を全て分からず、「大丈夫だろう」と思い、指示に背き大失敗をしてしまったのではないでしょうか!

指示はもっと相手が理解しやすいようにしないと、間違いが起こる。

もし孔明が馬謖に対して「山の上の地形やその季節には下から風が吹く、火をつけられると山上では逃げれない、だから絶対山の上では絶対に布陣をしていてはならない」ともっと具体的に「何故の理由」を馬謖に話していれば、有能な馬謖は決して指示に背いたり、失敗は犯していなかったのではないかと私は思います。
天才軍師であるからこそ、犯しやすいマネジメントミスを孔明が、大事な戦の時に犯してしまったのではないでしょうか。
自分が高い評価をしている有能な馬謖だから、全て理解してくれていると思ってしまったのではないでしょうか。

このことは、現在の企業のマネジメントでも実に多く、指示はするが「何故」「理由」「効果や期待」「どこまでというレベルの問題」は、あまり指示される方に説明されません。指示される方は、何となく腑に落ちない状況で仕事を進め、理由や狙いが分からず実行してゆくので気合も入らず、効果も効率も悪くない、失敗も多い。

「そんなことは分かってくれよ!」 と思うのが危ない!

指示する人の言い分は、「そんなことは言わなくても分かってくれている、分かっていると思っていた、自分たちが若い時も上司はそうだった、常識だろう」と言い訳をします。 コミュニケーションミスを、人のせいにします。
指示される方は、よく理由を聞かず、あとで「なんだ、それだったら早く言ってくださいよ」と これまた責任転嫁することになり、双方ストレスがたまる結果になることが多いのではないでしょうか。


指示は「何故これをやるのか、理由を分かりやすく、具体的に、相手が理解できているか確認を」

「今の若い奴は、分かっていない」と憤るマネジメントクラスは、考え違いをしています。 若い人は、若い人の感覚と感性があります、「パソコンも使いこなしたり、新しいことに貪欲な人も、才能豊かな人も多い」と考え直す必要があります。 ただ、「相手が納得して、理解をしてくれればこの才能が役に立ち、会社の大切な戦力になってゆくのです」その理解をさせる行為が、マネジメントの責任であり、能力なのだと思います。

「何故 なぜ、why?」

赤ちゃんから、幼稚園くらいまでの幼児は、両親や先生に「なぜ、なぜ、なぜ?」と新しいことを教えられる度に、質問します。 歳を重ねると、いつしか、質問しなくなりますが、それは分かっていなのに「なぜ」と言えなくなるのです。
「なぜ」と質問するのが、「恥ずかしい、自分だけが、分かっていないのではないだろうか?別に理由が分からなくてもいいや」などで、言えなくなっています。
昔は、親から「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と教えられました、そんなことを教える親は、もうどこにもいません。

上司は、それらの心情を汲み取りながら「なぜの理由」を教えて、相手に深く理解をしてもらう努力を惜しんではなりません。
「なぜ」の理由が理解され、「望んでいることが明確になる」と指示された方法は、もっと効果的な発想も出してくれるようになります。これが、会社の戦力になってゆく部下への指示の与え方でしょう。

ワンマンな命令上司になっていませんか? 貴方の指示は部下に十分理解してもらっていますか?
若い人が「何故ですか?」をもっと積極的に聞ける文化も、意識して作っていかなければなりませんね。