伝統、文化それを今に残してゆくのは「変化を受け入れつつ、芯を守る」姿勢から

国内だけでなく、海外からのお客様にも大人気の浅草、浅草の良さは 変わらぬ風情だけでなく、常に時代の変化を上手く受け入れつつ、常に「浅草らしさ」に昇華させてゆく心意気。

浅草羽子板市 (87).jpg師走とはいえ平日にも関わらず、浅草は大変賑わっていた。
丁度、羽子板市の最終日にあたり、前日はテレビメディアで採り上げられており 大変なお客さんで「押すな押すなの大盛況ぶり」であった。
羽子板が、浅草浅草寺のお祭りで販売され始めたのは明治の中期らしいが、今の名称「羽子板市」になったのは、昭和25年という事だそうだ。
その時から、はや60年続き正月に羽子板をつく人が居なくなっても、続いているのは羽子板を、
①遊ぶ道具から縁起物に変えていった事、
②その年の世相を反映した物を取り入れて行く柔らかい発想の企画商品、
③それと 盛上げる心意気(パワー)だからこそと思う。
これに関しては、達磨や置物も同じであるが、見習うところが大きい。

これにより、大変多くの人で賑わい、他の商店も大変潤う、ここに昔の商業の良さがあり、先人たちは良く理解をして お互いの共存の為の、投資や協力などの労をいとわない商人気質があったのであろう。
昨今、その共存の意識が薄れ、協力や連携が薄れてきており、自分だけが良ければという考え方が少し強くなってきている事を感じる。 昔の事から学ぶ事が本当に多く、不況でも好況でも こういう立派な気質が醸造されてゆけば強い商売を作ってゆけるのであろう。

浅草羽子板市 (156).jpg浅草羽子板市 (155).jpgテレビの人気アニメ「ワンピース」の羽子板が飾られていたが、遠足中の幼稚園児がそれを見つけて大騒ぎになった。
子供たちは、何100種類もあるデザインの中から、一瞬でそれを見つける事が出来るのにも驚いたが、こんな小さい子供までも引き付け、将来のお客様に繋がるきっかけになるのかも知れない。 
お正月で羽子板をついている人は もう随分前から目にしなくなったが、どっこい「飾り物」「縁起物」として残して行く「熱意」は よくここでも理解できた。
商品もメーカー側では意図しない使われ方があってびっくりする事も多くなっています。少し 違う観点から考えるという事も大切なことだと思います。

「柔らかい考え方をいつも持って、事に当たらないと 時代を乗り越えて行けない、過去の遺物になるか 過去からずっと将来にも愛され続ける物になるかは、柔軟な考え方と努力」ということですね。